千葉県の地震を予言した松原照子、3・11の傷跡

関東で一人暮らしを始めて、もう十年近くなる。
最初の頃こそ地方に住む母からは色々と心配されてきたけれど、
ここ数年は私自身ここでの暮らしにすっかり慣れたこともあり、

母もさほど私の生活を心配することはなくなっていた。そう、3・11が起こるまでは。
あの大地震は日本人である我々ひとりひとりの心にそれぞれの形で傷を残していった。
帰宅難民となる程度の被害で済んだ私にも、
直接の被害を受けなかった母にも、やはりそれぞれに形の違う傷が刻まれた。
そのことを痛烈に実感したのは、3・11以降めっきり「地震」「災害」という言葉に敏感になった母が、
とうとう防災グッズ一式を購入し私の元に送ってきた時だ。時間は心の傷を癒す薬だという。
だが、いつか起こるかもしれない地震に対する不安は、
時間が経っても薄まることはなく、むしろ「明日にでもまた大地震が起こるのではないか」と
心の中で黒い影を大きくしていく。
みんな不安なのだ、とこの記事を読んで私は再確認させられた気がした。
何の前触れもなく送られてきた、防災グッズ一式の詰まった大きな段ボールを
目にした時と同じように、震災直後の感覚を思い出させられて胸がざわざわした。
予言だなんて言葉、いつもの私なら鼻もひっかけない。ネットワークの海に漂う山のような情報の中、
気にも留めずに受け流して、
そんなニュースの見出しを目にしたことさえ記憶に留めないだろう。
だが、今日の私はこの記事の見出しをクリックしてしまった。
「予言」という言葉に対する猜疑心を、「首都圏で大地震発生か」という
リアルなフレーズに怯えずにはいられない不安感が上回ってしまった。
地震も怖いが、そんな自分の揺らぎ方も怖いと思った。
この松原氏という方が実際に予言という特殊能力を持ち合わせているのかそうでないのか、
これらの予言が的中するのかしないのか、
そこのところは実を言うと、あまり興味が持てないところだ。
確かめようがないから判断を保留するしかない、とも言う。
だがこの記事の中で予言者のお告げの言葉と大学の名誉教授の発言とが
全く並列に語られていることからも分かるように、
今この日本に生きる我々は、立場は違えど誰もが根っこの部分で
共有された不安を抱えて生きているのだと思う。
あの3・11を経験したという共通点がある限り、
女予言者も名誉教授も私も田舎の母も、みな等しく。

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